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診療費の未払いを確実に回収する

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動物病院の未収金回収|実務フローと予防策

動物病院の診療費未払いを回収するための実務フローを解説。緊急手術後の分割払い書面化、ペット保険未加入時の対応、飼い主死亡時の相続請求、クレジット・スマホ決済の導入効果まで、動物病院の院長・経営者向けにまとめました。

動物病院において、診療費の未払いは経営上の重大な問題です。ペットの診療は公的医療保険の対象外であり、手術や入院を伴う治療では一度に数十万円から100万円を超える費用が発生することがあります。

飼い主の支払い能力を超えるケースや、緊急手術後に「こんな金額とは思わなかった」と支払いを渋るケースは珍しくありません。人医療の医師法第19条のような応召義務が獣医師にも課されている(獣医師法第19条)一方、回収手段は一般の債権回収と基本的に変わらないため、仕組みを知らないまま放置すると未収金が蓄積します。

本記事では、動物病院の未収金が発生する構造から、回収の実務フロー、予防のための体制整備までを解説します。

動物病院の未収金が発生しやすい場面

ペット保険未加入と高額治療の組み合わせ

ペット保険の加入率は上昇していますが、2024年時点でも飼い犬・飼い猫の加入率は15〜20%程度にとどまるとされています。保険未加入の状態で重篤な病気や怪我が発生すると、診療費はすべて飼い主の自己負担となります。

がんの治療で50〜100万円超、骨折の手術で20〜40万円、椎間板ヘルニアの手術で15〜30万円といった費用が一度に発生するため、事前に備えがなかった飼い主が支払い困難に陥るパターンが典型的です。

ペット保険に加入していても、補償の上限額(年間30〜100万円など)を超えた自己負担分、保険適用外の治療費(予防接種、フード療法など)、保険の免責事項に該当した費用については自己負担が残ります。保険があるからといって未収金リスクがゼロになるわけではない点に注意が必要です。

緊急手術後のトラブル

緊急手術は動物病院の未収金発生のなかで最も対応が難しい場面です。交通事故や急性疾患では、飼い主が来院する前から治療を開始せざるを得ないことがあり、費用の事前説明と書面による同意取得が十分にできないまま治療が完了します。

治療後に費用の全額を提示されてはじめて「こんなに高いとは思わなかった」「クレジットカードしか持っていない」「今は手持ちがない」というケースが頻発します。緊急対応は命を救うためのものですが、後の回収を容易にするための書面整備は日頃から備えておく必要があります。

長期的な通院・継続投薬の累積

慢性疾患(糖尿病、腎不全、心臓病など)の管理では、月に数万円の診療費が継続的に発生します。当初は問題なく支払えていても、飼い主の経済状況の変化(失業、離婚、介護費用の増加など)によって支払いが滞り始めるパターンがあります。

この場合、動物の継続的な治療が必要なため、強硬な督促が治療の中断につながりかねないという心理的な難しさもあります。

継続通院中の未収金は早期の対話が原則

慢性疾患の通院中に支払いが滞り始めた場合、放置するほど未収額が積み上がります。1〜2回の滞納の段階で丁寧に状況を確認し、分割払いの相談に応じることが、回収と治療継続を両立させる現実的な対応です。

回収の実務フロー

1

会計時の確認と未収確認書の取得

当日精算できない場合は、その場で未払い金額・支払い期日・支払い方法を記載した未収確認書に署名を得ます。この書面が後の督促・法的手続きの根拠になります。

2

電話・SMS・メールによる初期督促(1〜2週間)

支払い期日の翌日から1週間以内に電話で連絡します。「ご入金の確認が取れておりません」という事務的な文言で、支払い忘れへの対応も兼ねます。

3

書面督促(1〜3か月)

電話・SMSで応答がない場合は、金額・発生日・振込先を記載した督促状を郵送します。送付の記録(簡易書留または特定記録)を保管してください。

4

内容証明郵便による最終催告(3〜6か月)

支払いに応じない場合は内容証明郵便を送付します。催告による時効完成猶予は6か月間(民法第150条)です。最終期限と法的措置の可能性を明記します。

5

法的手続き(6か月以降)

60万円以下なら少額訴訟、それ以上なら支払督促または通常訴訟を選択します。支払督促は印紙代のみで申立て可能で、相手方が異議を申し立てなければ仮執行宣言が得られます。

回収手段の比較

手段費用目安適する場面
支払督促(簡易裁判所)印紙代数千円住所明確・争いの少ない案件
少額訴訟印紙代数千円60万円以下・1回の期日で解決希望
通常訴訟弁護士費用10万円〜高額案件・争いがある案件
弁護士による内容証明3〜5万円早期に圧力をかけたい場合

費用対効果の目安として、5万円以下の債権については弁護士費用が回収額を上回りやすいため、少額訴訟か支払督促を自院で行うか、一定期間督促を行った後に貸倒処理に切り替えるかの方針をあらかじめ定めておくと経営判断がしやすくなります。

緊急手術後の分割払い合意を書面化する

緊急手術後に高額費用が発生した場合、分割払いに応じることは現実的な回収策です。ただし、口頭の約束では後のトラブルになりやすく、書面による合意が不可欠です。

分割払い合意書には次の事項を盛り込んでください。

  • 債務者(飼い主)の氏名・住所・連絡先
  • 動物の名前・種別と診療内容
  • 未払い金額の合計と発生日
  • 毎月の支払い額と支払い期日
  • 振込先口座
  • 期限の利益喪失条項(一定回数の滞納で残額を一括請求できる旨)
  • 遅延損害金条項(民法所定の年3%、または年利を明記する場合は利息制限法の範囲内で設定)

「期限の利益喪失条項」を入れておくことで、途中から滞納が始まった際に残額の一括請求が可能となります。口頭合意のみでは残額の一括請求を主張しにくいため、署名付きの書面は必ず作成してください。

なお、分割払いの回数が2か月以上かつ2回以上の割賦販売に該当する場合、割賦販売法の適用対象となる可能性があります(割賦販売法第2条)。ただし、動物病院が飼い主に対して直接行う分割払いは同法の「包括信用購入あっせん」には該当せず、自社割賦として法律上の制約は限定的です。一方、信販会社(デンタルローン類似の医療ローン)を利用する場合は信販会社の約款が適用されます。

信販会社の医療ローンを活用すると回収リスクがゼロになる

信販会社の医療ローンを介した分割払いでは、動物病院は信販会社から一括払いを受け取り、飼い主と信販会社の間で分割返済の契約となります。院内分割とは異なり、滞納リスクを信販会社が負うため、動物病院の未収金リスクは発生しません。審査落ちのケースは別途対応が必要ですが、高額治療が多い病院での導入効果は大きいです。

獣医師法と動物病院の義務

獣医師法第19条は「診療を業務とする獣医師は、診療を求められた場合には、正当な理由がなければ、これを拒否してはならない」と定めています(応招義務)。

この義務は、未払いの飼い主に対しても原則として診療を継続することを求めています。ただし、獣医師法の応招義務は絶対的なものではなく、緊急性がなく、かつ悪意を持って支払いを拒否し続けるような場合には正当な理由として診療拒否が認められる余地があります。

重要なのは、応招義務と債権回収は別の問題として整理することです。治療を継続しながら、別途回収手続きを進めるというアプローチが法的にも実務的にも適切です。

また、動物の診療は消費税法上の課税取引に該当します(人の保険診療は消費税法第6条・別表第一第6号により非課税ですが、この規定は動物の診療には適用されません)。未収金が貸倒れとなった場合には消費税法第39条の貸倒控除が適用できます。

飼い主が死亡した場合の対応

飼い主が死亡した場合、診療費債権は法定相続人に当然に承継されます(民法第896条)。相続人が複数いる場合、各相続人は法定相続分に応じた金額を支払う義務を負います(民法第902条の2)。

対応の流れは次のとおりです。

まず、飼い主の死亡を把握した段階で、診療録や請求書の記録を整理します。

次に、相続人の存否を確認します。戸籍謄本の取得は本人以外にはできないため、連絡先が判明している家族(配偶者、子など)に連絡を取るのが現実的です。

相続人が確認できれば、相続人宛に未払い診療費の請求書を郵送します。相続が開始してから3か月以内に相続人が相続放棄をしていない場合は、相続承認とみなされます(民法第921条)。

相続人全員が相続放棄した場合や相続人が不存在の場合は、相続財産清算人の選任申立て(民法第952条)を家庭裁判所に行い、財産から弁済を受ける手続きに移行します。

相続人への請求は時効に注意

飼い主の死亡後も時効期間(民法第166条第1項の5年)は進行します。飼い主の死亡を知った後は速やかに相続人を確認し、請求手続きに入ることが重要です。

クレジット決済・スマホ決済の導入が未収金を防ぐ理由

キャッシュレス決済の導入は、未収金発生の根本的な予防策として効果が高い施策です。

クレジットカードで決済が完了した時点で、飼い主の支払い義務はカード会社に対して生じます。動物病院はカード会社から(手数料を差し引いた)金額を受け取る権利を得るため、飼い主が後から支払い困難になっても動物病院の売上には影響しません。

スマホ決済(PayPay・LINE Pay等のQRコード決済)も同様に、決済完了時点で動物病院への入金が確定します。手数料は1.5〜2%程度が多く、クレジットカードよりも低コストで導入できるケースがあります。

一般社団法人日本小動物獣医師会(JSAVA)が会員向けにキャッシュレス決済の一括導入支援(Times PAY)を案内するなど、業界団体レベルでもキャッシュレス化が推奨されています。

決済手段加盟店手数料目安未収金リスク導入ハードル
クレジットカード2〜3%程度ほぼゼロ端末・審査が必要
QRコード決済1.5〜2%程度ほぼゼロスマホがあれば導入可
院内分割払い手数料なし高い書面整備が必要
信販会社の医療ローン3〜5%程度ゼロ提携審査が必要
現金のみなし最も高い

高額治療が多い動物病院では、クレジットカードと医療ローンの両方を導入しておき、「高額な場合は事前に一括払いかローンかを選んでいただく」という運用にすることで未収金を大幅に減らせます。

未収金の税務処理

回収不能と判断した診療費は、法人税基本通達の要件を満たせば損金算入が可能です。

通達9-6-2(事実上の貸倒れ)は、飼い主の財産状況から全額の回収が不能であることが明らかな場合に適用されます。例えば、飼い主が自己破産の免責決定を受けた場合などが該当します。

通達9-6-3(形式上の貸倒れ)は、継続的に通院していた飼い主が来院しなくなり1年以上経過した場合の売掛金(未収診療費)に適用できます。この場合、備忘価額として1円を残して損金算入します。

動物の診療費は課税売上のため、貸倒れが確定した事業年度において、消費税法第39条に基づく消費税額の調整(貸倒控除)も可能です。未収金管理台帳に貸倒れの事実(飼い主との連絡不通の記録、郵便物の返戻など)を記録・保管しておくことが税務調査への備えになります。

未収金の回収が長期化して自社での対応が難しくなった場合は、未収金買取の仕組みと活用方法も選択肢の一つです。

まとめ

要点

  • 動物病院の診療費は自由診療かつ高額になりやすく、緊急手術やペット保険未加入の場面で未収金が発生しやすい。回収の起点となる書面(未収確認書・分割払い合意書)を整備し、会計時点での証拠を残すことが最優先の対策となる
  • クレジットカード・QRコード決済・信販会社の医療ローンを導入することで、会計時点での未収金リスクをほぼ解消できる。手数料コストより督促・貸倒コストのほうが大きいケースが多く、早期のキャッシュレス化が経営合理性を持つ
  • 飼い主の死亡・長期連絡不通などで回収が見込めない場合は、法人税基本通達9-6-2・9-6-3に基づく損金算入と消費税法第39条の貸倒控除を適用し、帳簿上の処理を適時に行うことで税負担を軽減できる

未収金の回収や債権管理で判断に迷う場合は、無料相談窓口で債権の状態、回収状況、処理方針を共有してください。

関連業種の未収金ガイド

同じ医療・福祉系カテゴリで未収金課題を抱える業界向けの実務ガイドです。回収パターン・予防策・売却検討の判断軸が共通する点も多いため、複合業態の場合は併せて確認してください。

よくある質問

Q. 動物病院の診療費債権の消滅時効は何年ですか?
A. 2020年4月1日以降に発生した診療報酬債権は、権利を行使できることを知った時から5年です(民法第166条第1項)。2020年3月以前に発生した債権は旧民法の3年の短期消滅時効が適用されます。時効の完成を防ぐためには、内容証明郵便による催告(6か月間時効完成を猶予)や支払督促・訴訟提起(時効の更新)が必要です。
Q. 緊急手術後に飼い主が支払いを拒否した場合、どう対処すればよいですか?
A. 緊急手術であっても、診療契約は準委任契約(民法第643条・第648条)として成立しており、相当な報酬を請求する権利があります。飼い主が支払いを拒否する場合は、まず費用説明の記録(診療録・署名書類)を整理した上で内容証明郵便で請求し、応じない場合は少額訴訟(60万円以下)または支払督促を利用してください。
Q. 飼い主が亡くなった場合、診療費はどうなりますか?
A. 飼い主死亡後の診療費債権は相続人に引き継がれます(民法第896条)。相続人が相続を承認した場合は、法定相続分に応じて請求が可能です。相続人全員が相続放棄した場合は、相続財産清算人(民法第952条)に対して債権者として届け出ることで回収を試みることができます。なお、相続放棄の申述期間は「相続を知った時から3か月」のため(民法第915条)、飼い主の死亡を早期に把握することが重要です。
Q. クレジットカード・スマホ決済を導入すると未収金はどのくらい減りますか?
A. 現金のみの対応と比べ、キャッシュレス決済を導入している動物病院では会計時の未収金発生率が低い傾向があります。クレジットカード決済では、飼い主がカード会社に支払い義務を負う形となり、動物病院は一括で入金を受けられるため、会計時点での未収金リスクがほぼ解消されます。手数料(2〜3%程度)はかかりますが、未収金の督促コストや貸倒損失と比較すると導入メリットは大きいといえます。
Q. 動物病院の未収金を損金算入(貸倒処理)するにはどうすればよいですか?
A. 法人税基本通達9-6-2(事実上の貸倒れ:回収不能が明らか)または9-6-3(形式上の貸倒れ:取引停止後1年以上)に該当する場合に損金算入が可能です。動物の診療費は消費税の課税売上に該当するため(人の保険診療と異なり消費税非課税規定の適用なし)、貸倒れが確定した段階で消費税法第39条の貸倒控除も適用できます。

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