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解雇回避と転籍同意の実務

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事業譲渡の従業員解雇・転籍手続き|法的要件と実務

事業譲渡に伴う従業員の解雇・転籍手続きを法令根拠付きで解説。整理解雇の4要件、転籍同意書の記載事項、退職勧奨との違い、労働組合対応まで実務フローを網羅します。

事業譲渡が決まったとき、経営者にとって最も頭を悩ませるのが従業員の処遇です。「対象事業の従業員を全員引き受けてほしい」と交渉しても、買い手側が一部の人員を受け入れないケースは珍しくありません。残された従業員にどう向き合うのか。解雇は許されるのか。転籍に同意してもらうにはどのような手続きが要るのか。

本記事では、事業譲渡に伴う従業員の解雇と転籍について、民法第625条・労働契約法第16条をはじめとする法的根拠に基づいた実務手続きを解説します。整理解雇が認められる条件、転籍同意書に盛り込むべき項目、退職勧奨との境界線、労働組合への対応手順まで、経営者と人事担当者が現場で使える情報を整理しました。

事業譲渡で雇用契約はどう扱われるか

事業譲渡の従業員対応を考える前提として、法的な仕組みを押さえておく必要があります。

事業譲渡では、会社の事業の全部または一部を他社に売却します。株式譲渡と異なり、事業譲渡では雇用契約が買い手企業に自動的に引き継がれません。民法第625条第1項は「使用者は、労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことができない」と定めており、従業員一人ひとりの個別同意が転籍の前提条件です。

この「個別同意が必要」という原則が、事業譲渡における従業員対応の複雑さの根本原因です。同意を得られた従業員は買い手企業に転籍し、同意しなかった従業員は売り手企業に残る。残った従業員の処遇をどうするかが、解雇・退職勧奨・配置転換といった問題に直結します。

会社分割との違い

会社分割では、労働契約承継法(会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律)の適用により、承継される事業に主として従事する従業員の雇用契約は分割先に自動的に承継されます。個別同意は不要ですが、事前の5条協議(対象従業員との十分な協議)が義務づけられています。スキーム選択の段階で従業員対応の負荷が大きく変わるため、M&Aアドバイザーや弁護士と相談して決定するのが望ましいでしょう。

事業譲渡を理由にした解雇の可否

「事業を売却するから余剰人員が出る」という事情だけで、従業員を解雇することはできるのでしょうか。

解雇権濫用法理の適用

労働契約法第16条は「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定めています。事業譲渡の実施自体は解雇の「合理的な理由」に直結しないとするのが裁判例の趨勢です。

買い手企業が一部の従業員のみを採用する方針であっても、売り手企業としては買い手への転籍提示、社内での配置転換、関連会社への出向など、解雇を回避するための措置を検討する責任があります。これらの努力を経ずに行った解雇は、権利濫用として無効と判断されるリスクが高いといえます。

整理解雇が認められる4つの要件

譲渡対象事業の全部を売却し、売り手企業で当該従業員を配置する部門が存在しなくなった場合は、整理解雇の法理に基づく人員整理を検討せざるを得ないことがあります。判例上、整理解雇が有効と認められるには4つの要件を充たす必要があります。

1

人員削減の必要性

経営上、人員を削減しなければならない客観的な必要性が存在すること。単に[利益率](/glossary/rieki-ritsu/)を向上させたいという理由では不十分であり、事業の廃止や縮小に伴い余剰人員が発生している実態が求められます。

2

解雇回避努力の履行

配置転換、出向、希望退職の募集、一時帰休、残業削減、新規採用の停止など、解雇を回避するためにとり得る手段を十分に検討・実施したこと。事業譲渡の場面では、買い手企業への転籍条件の再交渉も解雇回避努力に含まれます。

3

人選の合理性

解雇対象者の選定基準が合理的であり、かつ基準の適用が公平であること。勤続年数・業績評価・扶養家族の有無など、客観的な指標を用いた基準設定が求められます。

4

手続きの妥当性

労働組合がある場合は組合との協議、組合がない場合は従業員への個別説明を十分に行ったこと。説明の記録を書面で残すことが後日の紛争防止に直結します。

中小企業の事業譲渡においては、特に「解雇回避努力」の内容と程度が争点になりやすいといえます。買い手企業への転籍を打診したか、転籍条件の改善交渉を行ったか、希望退職に上乗せ退職金を付けたか――これらの経過を時系列で記録に残しておくことが、万一の労働審判や訴訟で会社側の正当性を裏付ける証拠になります。

退職勧奨と解雇の境界線

事業譲渡に伴い従業員に退職を促す場面では、退職勧奨と解雇の違いを正確に理解しておく必要があります。

退職勧奨とは、会社が従業員に対して自発的な退職を働きかける行為であり、あくまで「お願い」です。法的な強制力はなく、従業員は拒否する自由を持っています。合意に至れば合意退職として処理され、解雇とは異なるため解雇予告手当の支払い義務も生じません。

一方、解雇は会社による労働契約の一方的な終了であり、労働基準法第20条に基づく30日前の予告または30日分以上の平均賃金の支払い(解雇予告手当)が必要です。

退職勧奨が違法になるケース

退職勧奨が社会的相当性を逸脱すると、不法行為として損害賠償の対象となります。具体的には、長時間にわたる面談の強要、多人数による圧迫、繰り返しの執拗な働きかけ、退職に応じなければ不利益を与えるという脅迫的な言動などが該当します。面談は1回30分〜1時間程度にとどめ、複数回実施する場合も日を改めて行うのが実務上の目安です。面談の日時・出席者・内容は必ず記録してください。

事業譲渡の場面では、転籍を拒否した従業員に対して退職勧奨を行うことは法的に認められています。ただし、退職勧奨に応じない従業員をそのまま解雇に移行させることは、解雇回避努力の不足として整理解雇の要件を満たさないと判断される可能性があります。退職勧奨を拒否された場合は、配置転換の可能性を再検討するステップを挟むことが望ましいでしょう。

転籍手続きの実務フロー

事業譲渡に伴う転籍は、売り手企業との雇用契約の終了と、買い手企業との新たな雇用契約の締結という二つの法律行為で構成されます。手続きの流れを時系列で確認します。

1

事業譲渡契約での従業員条項の合意

売り手・買い手間で、転籍対象者の範囲、労働条件の承継範囲(賃金・退職金・有給休暇)、転籍同意率の下限などを事業譲渡契約書に明記します。

2

転籍条件の確定

買い手企業が提示する労働条件(役職・賃金・勤務地・就業時間・福利厚生)を書面にまとめます。既存条件との差異がある場合は、変更点を一覧表で整理します。

3

対象従業員への説明会の実施

事業譲渡の背景・目的、買い手企業の概要、転籍後の労働条件、スケジュールを説明します。厚生労働省の「事業譲渡等指針」では、事業譲渡の全体状況・債務の履行見込み・譲受企業の概要と労働条件の説明が求められています。

4

個別面談と転籍同意書の取得

従業員ごとに面談を行い、疑問や不安に対応したうえで転籍同意書への署名を取得します。同意の取得にはクロージングの1〜2ヶ月前からの準備が必要です。

5

売り手企業との雇用契約の終了処理

転籍に同意した従業員について、売り手企業との雇用契約を合意退職の形で終了します。退職金の精算、社会保険の資格喪失手続きもこの段階で進めます。

6

買い手企業との雇用契約の締結

転籍日付で買い手企業と新たな雇用契約を締結します。社会保険の資格取得届、雇用保険の被保険者転勤届などの届出も同時に行います。

転籍同意書に盛り込む記載事項

転籍同意書は、従業員が転籍の内容を理解し、自らの意思で同意したことを証する書面です。後日の紛争を防ぐために、記載内容には漏れのないよう注意が必要です。

転籍同意書に盛り込むべき主要項目は以下のとおりです。

  1. 転籍先企業の正式名称・所在地・代表者名
  2. 転籍日(雇用契約の切替日)
  3. 転籍後の労働条件 — 職種・業務内容・勤務場所・賃金(基本給・手当・賞与)・勤務時間・休日
  4. 退職金の取扱い — 売り手企業での勤続年数の通算の有無、精算方法
  5. 有給休暇の承継 — 未消化分の引継ぎ方法(買い手企業で承継するか、売り手企業で買い取るか)
  6. 社会保険・雇用保険の切替手続きの概要
  7. 転籍に同意しない場合の取扱い(売り手企業への残留となる旨)

同意書作成の実務ポイント

転籍同意書は弁護士または社会保険労務士のチェックを受けてから従業員に提示するのが安全です。特に退職金と有給休暇の取扱いは、曖昧な記載が残ると転籍後に「聞いていなかった」というトラブルに発展しやすい項目です。数値や日付を含む具体的な記載を心がけてください。

従業員が転籍を拒否した場合の対応

民法第625条第1項により、従業員には転籍を拒否する正当な権利があります。拒否者が出た場合に備え、段階的な対応プランを事前に策定しておくことが重要です。

売り手企業に残留する場合

譲渡対象以外の事業が継続する場合、拒否者は売り手企業に残り、別の部門への配置転換が検討されます。勤務地や職種が大幅に変わる配置転換は、就業規則に転勤・配転命令権の根拠規定が存在すること、業務上の必要性があること、不当な動機・目的がないことが要件とされています(最高裁 東亜ペイント事件判決)。

売り手企業が清算される場合

事業の全部を譲渡し、売り手企業が清算に向かうケースでは、残留先そのものが消滅します。この場合の対応は段階的に進める必要があります。

まず、転籍条件の再提示を検討します。買い手企業と交渉し、拒否者の不満要因(賃金の低下、勤務地の変更など)を改善した条件を再度提示できないかを探ります。退職金の上乗せや一時金の支給が合意につながることも少なくありません。

再提示でも同意が得られない場合は、退職勧奨に移ります。退職条件として通常より手厚い退職金パッケージ(特別退職加算金)を提示するのが一般的です。面談記録は書面で残し、社会的相当性の範囲内で行うことを徹底します。

退職勧奨にも応じない場合にはじめて、整理解雇の検討に入ります。前述の4要件を充たすことが前提であり、それまでの解雇回避努力(転籍条件の再交渉、配置転換の検討、退職勧奨の実施)を時系列で記録していることが不可欠です。

労働組合・従業員代表への対応

事業譲渡における労使関係の手続きは、法的義務と厚生労働省のガイドラインの両面から押さえる必要があります。

事業譲渡等指針の要求事項

厚生労働省が定める「事業譲渡又は合併を行うに当たり会社等が留意すべき事項に関する指針」(事業譲渡等指針)は、譲渡会社に対して労働組合等との協議を通じて従業員の理解と協力を得るよう努めることを求めています。法的な強制力はないものの、この指針に沿った対応を行ったかどうかは、整理解雇の「手続きの妥当性」を判断する際の考慮要素になり得ます。

労働組合がある場合

組合がある場合は、事業譲渡の概要、従業員の雇用への影響、転籍条件について団体交渉を行います。誠実交渉義務(労働組合法第7条第2号)に基づき、組合の質問に対して合理的な説明を行わなければなりません。交渉を拒否したり、形式的な説明にとどめたりすると、不当労働行為として労働委員会への救済申立ての対象となります。

交渉の記録は議事録として双方で確認・保管しておくのが原則です。転籍条件の変更要求があった場合は、買い手企業と調整のうえ可能な範囲で対応し、対応できない事項についてはその理由を書面で回答します。

労働組合がない場合

組合が存在しない中小企業では、従業員代表者(労働基準法第36条に基づく過半数代表者)または従業員全体に対して説明会を実施します。説明会の開催日時・出席者・説明内容・質疑応答の記録を書面で保存することが、後日のトラブル防止に役立ちます。

社会保険・有給休暇の承継実務

転籍に伴う社会保険と有給休暇の取扱いは、従業員の生活に直結する事項であり、同意取得の場面でも質問が集中しやすいポイントです。

社会保険の切替

転籍に際しては、売り手企業での社会保険(健康保険・厚生年金保険)の資格喪失届と、買い手企業での資格取得届を転籍日に合わせて提出します。雇用保険については、同日に資格喪失届と被保険者転勤届を処理します。

空白期間が生じると従業員の保険証が使えなくなるため、売り手企業と買い手企業の人事担当者が連携して手続きの日程を揃えることが肝要です。

有給休暇の取扱い

法律上、事業譲渡による転籍は売り手企業の退職と買い手企業への新規入社です。したがって、未消化の有給休暇は原則としてリセットされ、買い手企業の入社日から改めて付与されることになります。

とはいえ、有給休暇のリセットは従業員にとって大きな不利益であり、転籍拒否の原因にもなります。実務上は、事業譲渡契約の中で有給休暇の承継を定め、売り手企業での勤続年数を通算して買い手企業でも同水準の有給を付与する取り決めを行うケースが増えています。退職金の勤続年数通算と合わせて、転籍条件の交渉材料として活用されます。

まとめ

要点

  • 事業譲渡では雇用契約が自動承継されないため、従業員一人ひとりの個別同意に基づく転籍手続きが必要(民法第625条第1項)
  • 事業譲渡を理由とする解雇は原則認められず、整理解雇の4要件(人員削減の必要性・解雇回避努力・人選の合理性・手続きの妥当性)を満たす場合に限られる
  • 退職勧奨は合意退職を促す任意の働きかけであり、解雇とは異なる。ただし社会的相当性を逸脱する退職勧奨は不法行為となるため、面談記録の保存が必須
  • 転籍同意書には転籍先の労働条件・退職金の取扱い・有給休暇の承継方法を具体的な数値で明記し、弁護士や社労士のチェックを受けてから従業員に提示する

従業員の雇用がM&Aのスキームごとにどう変わるかの全体像は、事業譲渡で従業員はどうなる?で解説しています。M&A手続き全体の流れを把握したい場合は中小企業のM&A手続きガイド、事業譲渡と株式譲渡のスキーム比較は事業譲渡と株式譲渡の違いをご覧ください。

事業譲渡に伴う従業員の解雇回避策や転籍手続きについて確認事項がある場合は、無料相談からご連絡ください。

よくある質問

Q. 事業譲渡を理由に従業員を解雇できますか?
A. 事業譲渡そのものを理由とする解雇は労働契約法第16条により原則無効です。整理解雇の4要件を充足した場合に限り認められます。
Q. 転籍同意書に記載すべき項目は何ですか?
A. 転籍先の会社名・労働条件(賃金・勤務時間・休日)・退職金の取扱い・有給休暇の承継・社会保険の切替方法が必須項目です。
Q. 従業員が転籍を拒否した場合どうなりますか?
A. 民法第625条第1項により拒否は正当な権利です。売り手企業に残留となり、配置転換や退職勧奨を段階的に検討します。
Q. 退職勧奨と解雇の違いは何ですか?
A. 退職勧奨は合意退職を促す任意の働きかけで、解雇は会社の一方的な労働契約の終了です。退職勧奨に強制力はなく、拒否しても不利益は生じません。
Q. 事業譲渡の従業員説明はいつまでに行うべきですか?
A. クロージングの1〜2ヶ月前が目安です。転籍の個別同意取得に必要な期間を逆算してスケジュールを組みます。

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