事業と家族を守る生前対策
相続と事業の両立|経営者が生前にやるべき対策
中小企業経営者向けに相続と事業承継の生前対策を解説。自社株評価の引下げ策、遺言・信託の活用、納税資金の確保など、事業を守りながら円滑に承継するための実務を整理します。
中小企業の経営者にとって、相続は個人の問題であると同時に事業の存続に直結する経営課題です。自社株式の承継、納税資金の確保、後継者への経営権の集中は、準備なく相続が発生した場合に深刻なトラブルを引き起こします。中小企業庁の調べでは、経営者の平均引退年齢は70歳前後ですが、事業承継の準備に必要な期間は5年から10年とされています。本記事では、事業を守りながら円滑な相続・承継を実現するために、経営者が生前に講じるべき対策を解説します。
自社株式の相続で起きる問題と対策
中小企業の経営者が保有する自社株式は、相続財産の中で大きな割合を占めるケースが多くあります。非上場株式の相続税評価は、財産評価基本通達に基づく「類似業種比準方式」または「純資産価額方式」(もしくは併用方式)で算定され、業績の良い企業ほど評価額が高くなります。
自社株の評価が高額になると、2つの問題が発生します。第一に、相続税の納税資金の確保が困難になります。非上場株式は換金性が低いため、相続税を支払うために自社株を売却すること自体が難しく、不動産の売却や借入れで資金を手当てせざるを得ないケースがあります。
第二に、遺産分割において自社株が法定相続分に応じて分散するリスクがあります。後継者以外の相続人にも自社株が渡ると、後継者が安定的な議決権(少なくとも3分の2以上が望ましい)を確保できず、経営に支障を来す可能性があります。
自社株評価の引下げ策
自社株の相続税評価を合法的に引き下げる方法として、いくつかの手法が知られています。役員退職金の支給は、法人の利益を減少させると同時に純資産を圧縮するため、類似業種比準価額と純資産価額の双方を引き下げる効果があります。退職金の損金算入限度額は「最終報酬月額 × 在任年数 × 功績倍率」で計算するのが一般的で、功績倍率は代表取締役で3.0倍程度が目安です。
また、含み損のある資産(不動産、有価証券等)を売却して損失を計上する方法、設備投資により減価償却費を増やして利益を圧縮する方法、持株会社を設立して株式の間接保有構造にする方法なども活用されています。いずれも税務上の適法性を担保するために、税理士との綿密な協議が必要です。
遺言と民事信託の活用
相続における紛争予防と後継者への円滑な承継のために、遺言の作成は極めて重要です。遺言がなければ、自社株式を含む遺産は法定相続分に基づいて分割されることになり、前述の株式分散リスクが現実化します。
経営者の遺言では、自社株式を後継者に集中的に承継させる旨を明記します。ただし、他の相続人の遺留分(民法第1042条)を侵害しないよう注意が必要です。遺留分は配偶者と子の場合、法定相続分の2分の1です。自社株の評価額が高い場合、後継者に株式を集中させると他の相続人の遺留分を侵害する可能性があるため、生命保険の活用や代償分割の資金準備など、遺留分対策を併せて講じる必要があります。
近年は民事信託(家族信託)の活用も広がっています。経営者が委託者兼受益者として自社株式を信託し、後継者を受託者とすることで、経営者の生前から議決権の行使を後継者に委ねることができます。経営者の判断能力が低下した場合のリスクに備える手段としても有効です。信託法に基づく信託契約の設計は専門性が高いため、信託に精通した弁護士や税理士に相談してください。
事業承継税制の活用
事業承継税制(租税特別措置法第70条の7の5等)は、後継者が先代経営者から自社株式を相続または贈与により取得した場合に、相続税・贈与税の納税を猶予し、一定の要件を満たせば免除する制度です。
特例措置では、対象株式数の上限が撤廃され全株式が対象となり、納税猶予額も贈与税は全額、相続税も全額が猶予されます。適用を受けるためには、2026年3月31日までに特例承継計画を都道府県知事に提出し、2027年12月31日までに贈与・相続を行う必要があります。
ただし、事業承継税制には複数の要件と制約があります。後継者が代表者であること、雇用の8割以上を5年間維持すること(未達の場合は認定経営革新等支援機関の指導助言を受ける)、株式を譲渡した場合に猶予税額の全部または一部を納付しなければならないことなどです。制度の適用を検討する際は、メリットとリスクの双方を税理士と十分に検討してください。
納税資金の確保
事業承継税制の適用を受けない場合、あるいは適用要件を外れた場合に備えて、納税資金を確保しておくことが重要です。主な方法として、生命保険の活用(経営者を被保険者とし、相続人を受取人とする死亡保険金)、役員退職金の原資となる生命保険の積立、自社株の計画的な生前贈与(暦年贈与の基礎控除年110万円、または相続時精算課税制度の活用)があります。
延納(分割払い)や物納(相続財産による納付)も制度上は利用可能ですが、物納は非上場株式の場合は実務上ハードルが高いため、現金による納税資金の準備を優先すべきです。
まとめ
この記事のポイント
- 自社株の相続税評価が高額になるリスクに備え、生前から評価引下げ策を準備する
- 遺言・民事信託・生命保険など法的手段を組み合わせた承継設計が事業継続の基盤
- 事業承継税制の特例措置は強力だが、適用要件と制約を理解し納税資金確保も並行して進める
相続税対策の具体的な手法については「相続税対策の基本|中小企業オーナーの事業承継」でより詳しく解説しています。経営全般の指標管理や財務状況の可視化については「経営指標の見方と活用法」も参考にしてください。
事業承継や相続対策について専門家に相談したい方は、無料相談からお問い合わせください。
よくある質問
- Q. 中小企業の経営者が相続対策をしないとどうなりますか?
- A. 自社株式が法定相続分で分散し、後継者が安定的な議決権を確保できなくなるリスクがあります。また、自社株の相続税評価が高額になり、納税資金の確保が困難になるケースも多く、最悪の場合は事業の存続に支障を来します。
- Q. 事業承継税制の特例措置とは何ですか?
- A. 中小企業の後継者が先代経営者から自社株式を相続または贈与により取得した場合に、相続税・贈与税の納税を猶予・免除する制度です。特例措置では株式の全量が対象となり、納税額の全額が猶予されます。適用には特例承継計画の提出が必要です。
- Q. 自社株の評価を引き下げる方法はありますか?
- A. 合法的な方法として、役員退職金の支給による純資産の圧縮、含み損のある資産の売却による損失の計上、収益力の一時的な低下を利用した類似業種比準価額の引下げなどがあります。税理士と相談のうえ、計画的に進めることが重要です。
- Q. 事業承継の準備はいつ頃から始めるべきですか?
- A. 中小企業庁は事業承継に5年から10年の準備期間が必要としています。経営者が60歳を迎える前には着手し、自社株の評価額の把握、後継者の育成、遺言書の作成、納税資金の確保などを並行して進めることが望ましいです。