自社株が相続の落とし穴になる
相続税対策の基本|中小企業オーナーの事業承継
中小企業オーナー向けに相続税対策と事業承継の基本を解説。自社株式の評価引き下げ、事業承継税制の特例措置、生前贈与の活用法など、実務的な節税手法を紹介します。
中小企業のオーナー経営者にとって、相続税対策と事業承継は密接に関連する重要課題です。自社株式の評価額が予想以上に高額になり、後継者が相続税の納税資金を工面できず事業承継が頓挫するケースは決して珍しくありません。
中小企業庁の調査によれば、経営者の平均引退年齢は70歳前後であり、事業承継には5年から10年の準備期間が必要とされています。相続税対策を含めた承継計画は、経営者が60歳を迎える前に着手することが推奨されます。本記事では、中小企業オーナーが押さえるべき相続税対策の基本と事業承継の実務を解説します。
自社株式の相続税評価と課題
非上場株式の評価方法
中小企業の自社株式は上場株式と異なり市場価格がないため、相続税法上は財産評価基本通達に基づいて評価されます。評価方法は会社の規模により異なり、大会社は「類似業種比準方式」、小会社は「純資産価額方式」、中会社はその折衷で評価します。
類似業種比準方式は、上場している類似業種の株価を基準に、配当金額、利益金額、簿価純資産価額の3要素を比較して評価する方法です。利益が大きい会社ほど評価額が高くなる傾向があります。
純資産価額方式は、会社の資産を相続税評価額で再評価し、負債を差し引いた純資産額を発行済株式数で割って1株あたりの価額を算出する方法です。含み益のある不動産や有価証券を保有している場合、簿価以上の評価額になります。
自社株式の評価額が高くなるケース
業績が好調で利益が継続的に出ている会社、含み益のある不動産を保有している会社、長年の利益蓄積により純資産が大きい会社は、自社株式の評価額が数億円に達することがあります。
相続税の基礎控除額は「3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数」(相続税法第15条)であり、自社株式だけで基礎控除を大幅に超えてしまうケースでは、後継者に多額の納税負担が生じます。
自社株式の評価引き下げ対策
利益の圧縮による類似業種比準価額の引き下げ
類似業種比準方式では、利益金額が評価に大きく影響します。計画的に利益を圧縮することで、評価額の引き下げが可能です。
役員退職金の活用は、最も効果的な方法のひとつです。先代経営者の退職金は、不相当に高額でない限り損金に算入でき(法人税法第34条第2項)、利益を大幅に圧縮できます。退職金の適正額は「最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率」で計算するのが一般的で、功績倍率は役職に応じて2.0から3.0倍程度が目安です。
設備投資による減価償却費の計上も有効です。中小企業投資促進税制や中小企業経営強化税制を活用すれば、即時償却(取得価額の全額を初年度に費用化)が可能な場合があり、利益の圧縮効果が大きくなります。
ただし、これらの対策は「行為計算否認」(相続税法第64条)の適用を受けるリスクがあるため、税理士と十分に協議したうえで実行してください。
純資産価額の引き下げ
純資産価額方式で評価される場合は、資産の圧縮と負債の活用が基本戦略です。
含み損のある資産(有価証券、不動産等)を売却して損失を実現させる方法があります。また、生命保険の活用により、保険料の支払いで資産を減少させつつ、相続発生時の納税資金を確保することも検討できます。
不動産投資による評価引き下げも広く利用されています。現預金は相続税評価額が額面どおりですが、不動産は路線価(公示価格の約80%)や固定資産税評価額(公示価格の約70%)で評価されるため、評価額を圧縮できます。ただし、タワーマンション節税に対する規制強化(令和5年度税制改正)に見られるように、過度な節税スキームは税務当局から否認されるリスクがある点に注意が必要です。
事業承継税制の活用
法人版事業承継税制(特例措置)
事業承継税制の特例措置は、後継者が先代経営者から贈与または相続により取得した非上場株式に係る贈与税・相続税の納税を猶予・免除する制度です(租税特別措置法第70条の7の5から第70条の7の8)。
特例措置の主なポイントは、対象株式の上限が全株式(一般措置は総株式数の2/3まで)であること、相続税の猶予割合が100%(一般措置は80%)であること、複数の後継者(最大3名)への承継に対応していることです。
適用を受けるためには、2027年12月31日までに「特例承継計画」を都道府県に提出し、2028年12月31日までに贈与・相続を実行する必要があります。
適用要件と注意点
事業承継税制の適用を受けた後は、事業継続要件を満たし続ける必要があります。後継者が代表者であり続けること、雇用の8割以上を維持すること(特例措置では未達の場合も理由報告で継続可能)、株式を保有し続けることなどが求められます。
猶予された税額は確定申告時に申告し、担保の提供が必要です。要件を満たさなくなった場合は、猶予税額の全額と利子税を納付しなければなりません。制度の複雑さから、適用にあたっては事業承継に精通した税理士の関与が不可欠です。
生前対策の進め方
生前贈与の活用
暦年贈与では、年間110万円までの贈与が非課税(相続税法第21条の5)です。後継者に対して毎年計画的に自社株式を贈与していくことで、相続財産を段階的に減らすことが可能です。ただし、相続開始前7年以内(令和5年度税制改正により3年から延長)の贈与は相続財産に加算される点に注意してください。
相続時精算課税制度を選択すれば、累計2,500万円まで贈与税が非課税(ただし相続時に相続財産に加算)となり、さらに令和5年度税制改正により年間110万円の基礎控除が追加されました。自社株式の評価額が将来上昇すると見込まれる場合は、評価額が低い時点で贈与することで有利になるケースがあります。
遺言書の作成と遺留分対策
自社株式を後継者に集中させるためには、遺言書の作成が必須です。遺言書がなければ法定相続分に従って遺産分割が行われ、自社株式が複数の相続人に分散してしまう恐れがあります。
ただし、遺言書で後継者に自社株式を集中させても、他の相続人には遺留分(兄弟姉妹以外の相続人に保障される最低限の取り分、民法第1042条)があります。遺留分の侵害額請求を受けるリスクに備えて、生命保険金を遺留分の原資として活用する方法や、民法の特例制度(中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律第4条)を活用して遺留分の算定から除外・固定する方法を検討してください。
まとめ
この記事のポイント
- 自社株の評価額が数億円に達するケースもあり、60歳前後から計画的な対策が必要
- 評価引き下げには役員退職金の活用や設備投資が有効だが、行為計算否認リスクに注意
- 事業承継税制の特例措置は2027年末までの計画提出が必要。早期に専門家チームを組成する
事業承継と相続の生前対策を組み合わせた実務については「相続と事業の両立|経営者が生前にやるべき対策」で解説しています。顧問税理士の選定に悩んでいる場合は「税理士の選び方ガイド」も参考にしてください。
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よくある質問
- Q. 事業承継税制の特例措置はいつまで利用できますか?
- A. 法人版事業承継税制の特例措置は、2027年12月31日までに特例承継計画を都道府県に提出し、2028年12月31日までに贈与・相続が行われた場合に適用されます(租税特別措置法第70条の7の5等)。期限後は一般措置のみ利用可能となり、適用条件が厳しくなります。適用を検討する場合は早めに税理士に相談してください。
- Q. 自社株式の相続税評価額を下げるにはどうすればよいですか?
- A. 類似業種比準方式で評価される場合、配当金額・利益金額・簿価純資産価額の引き下げが有効です。具体的には、役員退職金の支給(利益の圧縮)、含み損のある資産の売却、設備投資による減価償却の活用などが挙げられます。ただし、相続開始前3年以内の取引は否認されるリスクがあるため、計画的に進める必要があります。
- Q. 後継者がいない場合の事業承継の選択肢は?
- A. 親族内に後継者がいない場合、従業員への承継(MBO)、外部からの経営者招聘、M&Aによる第三者への売却が主な選択肢です。中小企業庁の事業承継・引継ぎ支援センター(全国48か所)では無料相談を受け付けており、M&Aマッチング支援も行っています。廃業を選択する前に、まず相談することを推奨します。
- Q. 生前贈与で自社株を渡す場合の注意点は?
- A. 暦年贈与は年110万円の基礎控除がありますが、相続開始前7年以内の贈与は相続財産に加算されます。相続時精算課税制度を選択すれば累計2,500万円まで贈与税が非課税ですが、相続時に精算される点に注意が必要です。自社株の評価額が低い時期に贈与することで、将来の相続税負担を軽減できる可能性があります。